築90年の邸宅を「自分の家」にして住み継ぐ
対峙したのは水澤工務店、のちの増築部を清水建設が手掛けた築90年の本格数奇屋造りの邸宅。
90年という時間をまとった凛とした美しい佇まい、プロポーション、ディテール。お施主さんはそんな素晴らしい既存の建物を文化財のように取り扱い残すのではなく、機能的にも構造的にも現代の形に合わせ、さらには新しい家族の新しい生活に合った場所を挿入することで、住み継ぐという選択をされました。
具体的には、既存の意匠を尊重し、瓦、木製サッシ、樋、外壁、内壁、障子、襖、畳み、フローリング、状態の良いものはそのままもしくは少し手を加えて整える程度とする一方で、構造的には現代の法規にも見合う強度まで引き上げています。そのために一度解体した箇所については、既存を適切に復元しています。ただし、キッチン、リビング、ダイニングという居場所の中心となる場所は、機能的に更新すると共に、新しい家族の好みに合わせて素材や色を選択し設えました。
それを実現するために役割が異なる4社によるチームが組まれました。
・住宅医として壊さずに既存を読み解き、適切な改修方針を導き出す小柳理恵(和温スタジオ)
・棟梁が水澤工務店出身、実力派大工集団の鯰組よる耐震改修と既存の復元。
・構造設計者として木造中層建築も手がける桜設計集団。
・プロセスに施主を巻き込み新しい居場所を共に作るハンディハウスプロジェクト。
元請けが存在せず、この4社が横並びの関係でプロジェクトに向き合い、お互いをフォローし合いながら進行しました。
我らハンディハウスに求められたのは、新しく挿入される居場所の中心となる場所作りでした。古い場所に現代的な新しい場所を作る上で気をつけたのが、その「境界」です。 可動間仕切りによる外部と内部、内部と内部の境界を生み出すことは日本家屋特有のもの。それに倣い、敷地南側に広がる庭園から既存の木製ガラス框戸、襖、障子と続き、新しく鉄製のガラス框戸を設けました。 伝統的な日本家屋において、鉄はあまり存在しない物質です。異物にもなりかねない。それを木建具のように見付けは細く繊細になるよう設え、色は真っ黒ではなくほんの少しグレーとしました。
そんな新しい境界の出現により今まで持ち得なかった新しい深部が生まれました。 ほんのりと明るい北側の開口部を背にして、天井が緩やかに登り、鉄、木、障子紙、ガラス、と異なる物質が重なる。視線が抜けた先には明るい庭園が広がる。そんなリビングに身を置くと、何にも代えがたい安心感で包まれることとなりました。そんな居場所の出現は、住み継ぐことを決断された家族のこれから何十年と続く生活を包み込む、懐の深い場所になりました。